Reading "Hamlet"
「ハムレット」撮影前の読み合わせ...

S: Mad Maxのあとジョージ・ミラー監督とは会ってる?
M: 会うことはめっきり少なくなったけど、今でも親しい関係を続けてるよ。また一緒に働きたいと心から思ってる。彼のことは第一級の監督だと僕は認めてるからね。
それにピーター・ウィアー。彼と仕事したことも、これまた驚くような経験だった。独特の目を持ってる映画作家だ。その場で台詞を新しいのとどんどん入れ替えるのをいとわず、またどんな状況でも、それにふさわしいシーンを素早く作るという芸当ができる人だ。彼をじっくり観察してたけど、いったいどうやってそんな事ができるのかさっぱり分からなかった。もうほとんど魔法だね、ああなると。
ピーターはおそらく最も純粋なタイプの監督の一人だ。彼は完全にイメージによって、思うままに自由に表現する才能を持っているからね。あらゆる映画作家がそれを手に入れたいと思っているはずだ。でもその領域では彼ははるか先を行っている。

 

S: ジョージ・ミラーからフランコ・ゼフィレッリまで実に多様なスタイルを持つバラエティに富んだ監督達と組んでいるけど、その選択は最終的には自分で決めるのかい?
M: そうだよ。偶然ではなく俳優である事の楽しみの一つとして結果的にそういう選択になる。毎回だいたい一見したところで想像がつくんだ。この監督の内部で何が進行してるのか。暫くすると自分の勘が正しかった事が分かる。ある程度つきあった段階になると、彼の頭の中を占めてる考えのほとんどを読めるぞ、という感触を得る。そうなると役者としては彼の期待に報いる道を見つけなくちゃならない。同時にそれがお互いに驚きの連続となるんだ。テイクの度ごとにゾクゾクする刺激を味わえるような関係はこりゃもう、ファンタスティックの一語に尽きる! 単に監督と俳優という関係以上にならないなら、きっとその映画は僕にとって碌なもんじゃないだろう。

 

S: 今まで一度もメガフォンを取ってみようという気にはならなかった?
M: いやもちろんなったさ。そのうちやってみるよ。

 

S: 既に何か企画がある?

M: はっきり決まっていない。やるとしたら小品で、金もそんなにかけず、大スターも出ないというようなのをやってみたいんだ。たぶんTV向けの作品だろうな。ドジを踏んじゃったとしても、それが重大な結果に繋がる事なく世に出せるかどうか知りたいという事もある。その後で映画としてさらに野心的な1本を作るつもりだ。ほんとだよ、そこまで来てる。もうやってみたくて、うずうずしてるんだから。

 

S: ゼフィレッリのHamletを撮り終えたばかりだね。この「古典中の古典」の主役を演じる気になった動機は?
M: だって今のうちにやっておかないとこの役には年を取り過ぎちゃうからさ(笑)動機といっても大したものじゃないんだ。オファーが来るまでハムレットなんぞやろうと思った事など一度もなかったくらいだから。
ただいったん依頼されてみると、この役を断る特別な理由が見つからなかったんだ。手袋でほっぺたを叩かれたわけだ:途中で逃げるにせよ、挑戦に応じて最後までやるにせよ、くよくよと悩んだり考えたりせず、とにかく逃げるよりは応じてやろうじゃないかという方に強く傾いていた。あとで悔やむ羽目になるかもなんてことも頭になかったね。皆がいうのはわかってるさ。これを引き受けた事をぼちぼち後悔し始めるぜってね....(笑) リスクだよ。でもチャンスでもあるんだ。こういう役はいつでも誰にでも提供されるわけじゃない。

 

Making of HAMLET
「ハムレット」セットで:Making of Hamletより

S: 撮影に入る前に言ってたね。ハムレットの性格を定義するのは不可能だと......
M: それについてはあれ以来大して変わってない事を白状する...(笑) もちろん実際に演じてきて前より少しははっきりとした輪郭が見えたとは言える。だがいまだに彼の性格を掴みきれたとは思ってない。彼はたくさんの顔を持ってるし、たくさんの矛盾を抱えている....

 

S: たとえば....?
M: 話し始めたらそれで一日潰れると予告しておくよ(笑)。

 

S: いくつかだけでも言ってみて....
M: オーケイ、そんなに言うなら....ハムレットは本当の意味で決して母親のペチコートから離れない子供なんだ。それでいて恐ろしくマッチョな男。超がつくほど鋭い感受性の持ち主で、ずば抜けて聡明でもある。人生の価値観において高い理想を持っていると同時に自殺願望もある。ハムレットには流血を好む殺人者、ゾッとするような冷淡な面もあるんだ。そして向こう見ずで狂ったように見える彼の行動は、全て計算されたもの。少しは見えてきたかい? 相反する矛盾はあらゆる面でみられて、とても簡単には言えない....(笑)

 

S: それらの多面性に直面して俳優としてかなり恐れをなしたのでは?
M: ま、僕が演れたんだから.....(笑) 彼のすべての面を、包み隠さず同時に表現しようと試みた。なぜなら、それらはそこに存在するからさ。ヤマを張ってある一面だけを取り上げる気はさらさらなかった。
とはいえ、こっちが気が狂うくらい、いろんな顔を持つ人物だ。いっそ狂った方が演りやすい。つまり、彼の振る舞いは人には狂気と映ってるわけだから、こっちも彼と同じになるわけさ。あっちからこっちへと絶えず目まぐるしく変わる振る舞いは、目的を正当化するための手段として取り得る唯一の方法で、そのためにこそその奇妙な行動は真実と言える。なぜなら彼自身が内面から湧き起こってくるものに夢中にさせられてるからね。だから彼を演じるという事は、とりもなおさず一種の演技を楽しんでいる人物を演じると言う事に他ならない。
ややこしいだろ? そんなこんなでもう頭が爆発しそうだったよ......とんでもなく変わった役だね。その見かけの弱々しさとは裏腹に、内部には強く一貫した性質が潜んでいる....彼は並外れた暴力も振るう事ができ、すぐに続けて人が見たらいかにも女々しく甘ったるい言葉を吐く事もできるんだ。
終始そこにはピリピリした鋭く細かい神経の働きが作用してて、その変わり身の早さに互角についていく事は難しい。まるで手負いの獣のようでもあるんだ。たとえ彼が何かをしようとしてもいつも宙ぶらりんのままで、この未決の状態をさらに悪くする事しかできない。そこから抜け出る唯一の方法は死ぬこと、でなければさらに泥沼にはまっていくか....(笑)あえて流れに逆らわずにね。

 

S: 過去に多くの名優がハムレットを演じてるのをかなり意識した?
M: ああ、かなりね。でもそれは撮影中のことではなくそれ以前のことさ。ハムレットという役自体が、既に十分威嚇的なんだから。過去、例えばローレンス・オリヴィエなどがやった事を僕だったらどうできるか、ボクシングの挑戦者の心境がさらに強まったのは確かだが、撮影に入ったら他人のハムレットが意識に上る事はなかった。

 

S: 君のハムレット解釈で何が自慢できる点だろう?
M: (しばし無言)たぶんある種のリアリズムをもたらしたことだろう。映画では舞台よりもっと馴染みのある日常的な演技が可能だからね。大げさな声を張り上げる必要はなく、ありのままをそれにふさわしく言えるから。4ページにも渡る独白を喋る時、その詩情をもってしても一見したところじゃピンと来ない。不自然なんだ。でもいったんその文章全体を貫く端正さを実感すれば、すぐにその中に自然なリズムが響いているのがわかるんだ:bom bom be bom be, bom bom be bom be....心臓の鼓動のような。

 

(carinyaより:シェークスピアなどの英詩の韻律の一つでシェークスピア演技の原則でもある強弱五歩格のことだろう。アル・パシーノの「リチャードを探して」にも出てきた)

 

S: 君とハムレットの個性との間に、何かつながりとか絆といったようなものは感じた?
M: それは言いにくいな。とにかくやっとそいつが理解できたって状態なんだから。つまりハムレットは僕なんかよりずっと知的なんだ。時には何が彼を衝き動かす根拠なのか、わかる事ができる。あるいは少なくともわかったと言い張る事はできる。が、ちょっと経つとそう思った事も自信がなくなって萎んじゃうんだな。実際ハムレットこそシェークスピアその人じゃないかと思わせられたよ。そしてシェークスピアは希代の天才ときてる。ああいう知性の持ち主と張り合おうなんてどだい無理な事さ。僕にできる事はひたすら定められた期間と経費のうちでベストを尽くす事。それに努めた。

 

On the shooting w/ Franco Zefirelli
フランコ・ゼフィレッリ監督と

S: ゼフィレッリとの関係は常に気楽というわけじゃなかったと言ってたが....
M: ほんとだよ。でも良いものは概して楽には生まれてこない....(自分の言った事に笑ってる)。これって皆が望んでいるような外交辞令的答えじゃないだろ、ん?

 

S: 約1年の間にたて続けで3本もの作品に出演した事に何か論理的な脈絡みたいなものがあるのかな?
M: うん。たまらなく働いて、働きたかったんだ。そしてその事がどこへ僕を導いていこうとするか知りたかった。それとコメディの類いは大好きだからね。どれをって言うなら特にお気に入りのジャンルなんだ。好きなものに没頭し続ける事ができるのは、幸せな事だ。心の底からそれを味わった....。
だが夢中になってここまでやって来て、確かにそろそろ休まなくちゃと思ってる。息継ぎしなくちゃね。Hamletはまず間違いなく僕にとって、かなりハードな仕事だったよ。あれに関わるあらゆる事で肉体的にも精神的にも、へとへとにさせられたからね。最後のテイクの日、完全に精根尽き果てたところにアシスタントが来て言った。「さぁて、実はね。打ち上げはお預けさ。フランコが明日撮り直しをしたいって」そんなぁ嘘だろ?!  片方の足一歩出すのだってできるかって思ったよ.....それだけじゃない。すぐ後でAir Americaのワンシーンもやはり撮り直すために呼び出しを喰ったんだぜ!コックピットにまた座らされて台詞をもぐもぐとさらい始めた。気がつくと周りがあっけに取られてポカンとしてる。僕はシェークスピア調で喋り出すところだったんだ....(笑) たぶん休暇を取る潮時なんだろうなって自分に言い聞かせたよ。

 

S: 今過去を振り返って、何か後悔してる事はある?
M: 物事を秩序だてる事が、ずっと下手だった事かな。僕の最大の短所だろうね。大ざっぱで極端なんだな。約束の時間に居合わせたためしがないもんだから、例えば君とインタビューの約束をするだろ、そしたら約束を忘れないようにするためだけに、このホテルに泊まって一歩も部屋から出ない! 万事がこんな調子だった。
無秩序きわまりない性格だったね。後悔してるよ。だってずいぶん多くの時間が無駄になり、非能率的だったと悟らされたからね。このままだと他人に対してはもちろん、自分にとってもそう、監督なんかをやる日が来たら凄く苦労するぞ、計画、準備、細々した事、全体のまとまりやら何やらかんやら.....悪夢だな!(笑) これまでの人生で何ひとつ計画してやったってことがないんだ。子供を作るのさえも!ただこれが流儀なのかただの怠け癖なのかはともかく、救いようのないバカじゃない証拠に、ここ数日のうちにオーストラリアに帰るんだってことは、ちゃんと覚えてるよ(笑)

ちょっと気が滅入ってる時の夜などに、じっくり思い返してみると、やらなきゃならない羽目になったり、あるいはできなかった事は全て自分の不注意から来てるんだな。まず間違いなくこの欠点で僕は苦労するね。それなのに懲りずに、きれいな女の子がいるとちょっかいを出さずにはいられない.....

 

S: でも面白いね。だって今話したその「秩序のなさ」こそスクリーンでの君の最も有名なキャラクターなんだから。全く予測のつかない演技をする。君の反応を先取りするのは簡単じゃない......
M: ほんと? やっぱり。僕もさ。何も考えちゃいなかったもん...(笑)。君の言うようにあれはスクリーンの中での一つの役であって、実生活ではあそこまでひどくはない。はっきり言ってあれじゃ気狂いだよ!

 

S: さっき悪夢って言ったけど、考えつくうちでどんなのがすごい悪夢?
M: すごい悪夢?.......誰かが僕の大事なものをちょん切っちゃう夢だね、絶対(笑)。悪夢ねぇ....違う、違う、冗談は止めよう。こんなのはどう、ハレムで死ぬまで暮らすって刑を宣告されるっていうのは?(笑)■

 

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Mel on the COVER

BRAVEHEART

Happy 15th Anniversary

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Variety, USA 1995
Variety, USA 1995

新しい年を迎えた。2010年。皆様におかれてもさらに良き年になりますよう。

日付けは1月2日になってるが、もう3日。1月3日と言えばメル・ギブソンの誕生日。「おめでとう、メル!」のついでに毎年この日に新年のご挨拶をしてる(^^)。

 

メル・ギブソンのファンサイトを運営する私にとっては、今年は楽しみが多い。公開を控えた2本の主演映画、監督するのが決まってるもの1本、春頃開始の主演作1本と久方ぶりに映画人メルがおおいに動く。できるだけ追っていきたいと思うが、また今年はたった4ページから初めた本サイトの10周年、さらにWhat Women Want 「ハート・オブ・ウーマン」のロスアンジェルスプレミアに幸運にも参加でき、幸運にも生身のメルギブソンに会えた記念すべき出来事の10周年も迎える。

10周年?! なんてこと、紀行文はそのうち書きます...などと言いつつ忙しさにかまけ、さぼってたら10年! 最近ひとしお思う。地球の自転が実は密かに速くなってるんじゃないかと....大昔古代マヤ人が予言してたのはこの事じゃないかと。しかし嘆いても仕方ない。自転は停まってくれないだろうし、やることはいっぱい。せめて10周年記念として上記プレミア紀行文でもアップしよう。

 

さて去年の暮れ続けてジャンルは同じ恋愛ドラマになるだろうが、全く毛色の違う2本を観た。ひとつは鑑賞券を得て久しぶりの劇場でロードショウとして、サンドラ・ブロック主演The Proposal「あなたは私の婿になる」を楽しんだ。

S・ブロックは好きな女優の一人だ。いったい美人なのかセクシーなのかよくわからない雰囲気が気に入ってる。コメディでは笑わせてくれるし、筋肉質に近い体つきに見えるがグラマラスなのもいい。

やり手のカナダ人キャリアウーマンがヴィザの更新ができないため、とっさに部下の若い男との偽装結婚を思いつき、彼の実家に行くはめになりドタバタが始まる。大都会シカゴからおおらかなアラスカに行くくだりは傑作。そこに行って部下の実家が土地の素封家でお屋敷のような家を見て驚くブロックの演技も最高。

しばらく見ればもう結末は推して知るべし。アメリカのロマンチック・コメディなら複雑な筋立てなし、不幸な結末なし、スピーディな演技とファニーな台詞、一人か二人の意地悪な妨害役...と約束通りの展開で、それでもブロックのうまいコメディエンヌぶりがおおいに笑いを誘い、ハンサムな相方、ライアン・レイノルズがちょっとすっとぼけた人のいい役回りで、あれよあれよと言う間に二人は本物の恋に陥る。ところでこのレイノルズ、確かにいわゆるイケメンで日本の女の子好みのように感じられたが、残念、私の好みじゃない。40歳くらいになったらどうかな。

安心して座席に身を預けられる映画の典型だ。問題提起や意識を刺激される事もあまりない。単純に楽しむ映画。この手の映画はアメリカならではだろう。アメリカの観客のためのアメリカ的ロマンスもの。以下に書くフランスの恋愛映画なんてきっとアメリカじゃはやらないだろう。

 

1962年フランス/イタリア合作 Le Repos Du Gerriere 「戦士の休息」。すでに別れてはいたが、妻だったブリジット・バルドーを主演に迎えたロジェ・バディム監督作品。同じ恋に陥っていく男女を描いてもこうも違うのかとあらためてフランス映画の妙を見せつけられた思い。この映画は昔一度劇場で見て、BB(ベベ)のふくれっ面の愛らしさにうっとりし、音楽の美しさに魅了されたのを覚えてて、今回ふと思い出しレンタルしたのだが、当時「戦士の休息」(原題通りの訳)と言うタイトルの意味するところが当時よくわからなかった。

偶然に出会った男に惹かれ一緒に暮らし始めるが、この男が何か病理的な暗さを持ち、不実なのだ。フランス映画、特に恋愛ものはアメリカの言ってみればわかりやすく結末まで読めてしまうようなプロットの作りよりも、なぜだかわざわざこちらをイライラさせるような演出や脚本になってる事が多い。実はそういうところも含めてフランス映画が好きなのだが、アメリカ的ストーリー展開に慣れてしまうと、とても不自然に感じられるかもしれない。

しかし実際の男女の心の機微とは単純なものではないし、はたからみれば不自然な行動や言動がつきものだ。この映画もそういう意味では単純でなく自然でない。つまり二人は知ってか知らずか心理的駆け引きをしてるのだ。駆け引きというより戦い。男が勝ってるように見えてその実、最後に笑うのは女。イタリアの廃墟の中で最後にBBにすがりついて愛を乞う男に対し、長い金髪を風になびかせ泰然と微笑むあのラストシーンがまさに戦い終えた戦士の休息なんだろう。つまり休息であってまだ戦いは続く...と匂わせる。男女の心の機微は尽きない。

2つの全く毛色の違う恋愛映画を見終わって、2つともそれなりに楽しめるが、私にとって心に残り、刺激を受け、女主人公になった妄想を楽しめるのは古くても不自然でも「戦士の休息」のようなフランス映画だなとあらためて認識した次第。

 


 

Last updated 10/23,2015

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