去年の暮れ、お気に入り監督のピーター・ウイアーの最新作 "The Way Back"としてネットで紹介され、その原作が素晴らしい、どうも私の好みだぞという感触を得て2007年に文庫本になってた翻訳をAmazonに注文。お正月をはさんでやっと先日届く。ちょうど半分読んだところ。実は450ページ1日で一気に読めてしまうくらいやめられない。仕事がなければ1日読みふけっているだろう。
副題に「シベリアからインドまで歩いた男たち」とあるように信じられない距離をそれも探検とか旅行とかいうんじゃない、第2次大戦中の共産ソ連の強制収容所から脱走しての逃避行。書いたのはその脱出行の実行者の一人で当時23歳だったポーランド陸軍騎兵隊中尉、スラヴォミール・ラウィッツ氏。極限の収容所生活と逃避行を生き延び、戦後はイギリスに亡命。1956年、いまだ共産主義の支配的なソ連の影におびえる日々のもと、使命感に突き動かされてペンを取ったという。25カ国語に訳されいまだに版を重ねて世界中の人に読まれている。
その使命は十分に果たされている。共産ソ連の非人道的な仕打ちは掃いて捨てるほどあって、はっきりいうとソ連が崩壊して20年近くなった今でさえ、時々うさん臭い報道を見る。少なくともロシア人自体がスターリンの非を認めているのはけっこうなことだ。そして共産時代にもささやかな幸せだけを望んだ無辜なロシアの人々も大勢いたわけだ。こんな人たちもスターリンは見逃していない。
この本を読み始めてまたムラムラ怒りが湧いてくる。大昔からあのだだっぴろい国を治めるのにああいう国体を取らざるを得ない、あるいは他人の国を侵略してまで不凍港を切望していたという歴史は理解している。そのとばっちりの最たるのがポーランドだろう。
著者も前書きに書いてるように何世紀にもわたってひどい仕打ちを受けてきた国。特に近世からついこの前まで、東西に隣接したソ連とドイツという巨大な敵にはさまれ、いいように蹂躙されてきた不幸な地政学的位置にある国。大戦が終わっても共産ソ連の支配下にあったため、生き延びた命を長らえる故郷にも帰る事のできなかった大勢の人たち。著者と同じようにでっちあげられた理由により強制的に逮捕され、尋問され、処刑されあるいは働かされた多くの人たち。
ラウィッツ氏の文体には、その祖国ポーランドへの底知れない愛と、不幸にも敵の手にかかって不条理な死をとげた何万にもおよぶ同胞への深い愛と追悼がこめられている。
そして忘れてはいけないのは、そんな究極の環境でもユーモアを忘れてない氏と仲間たちだ。そしてそのユーモアの行間に共産ソ連に対しての痛烈な批判を織り込んでいる。1956年当時なら、まだまだこの本はソ連にとっては世界に出てはならぬものだったはずだ。
著者が勇敢で意志が強く、信じられないような逃避行もこなした体力と精神の持ち主であるという事は読めばわかるが、こんな危ない本を出版したその勇気にも拍手を贈りたい。イギリスにいたとはいえ、故国には係累もいるし、同胞に悪影響を及ぼすかもしれない。何よりも自身の身さえ危険だったはず。それでもスターリン治下のソ連の残虐非道を西側のみならず世界の人に知ってもらいたい一心が勝った。
著者も願ったように前世紀に共産主義が崩壊するのを見届けてからも、精力的に体験談の講演生活を送り、祖国ポーランドの孤児支援施設を運営して2004年4月、88歳で亡くなった。
著者の読者へのメッセージは;
私は個人の利益のために書いたわけじゃない。大衆と名づけられ、自らは声を発する事のなかった全ての人々を記念するために書いた。これは今生きている人々への警告の書であり、願わくはより大きな善に対する道義をわきまえた判断例を示す書とならん事を。
もちろん以上のような政治的背景は抜きにして(抜きにはできないんだが)実話の脱出記としてもたいへんおもしろく、本に載ってた地図ではもの足りず、Google Earthを起動して地勢を調べたり、東シベリアに住むトナカイ橇をたいへん上手にあやつるモンゴル系遊牧民オスチャーク族のこと、当時のロシアの文化や食べ物などなど、この本によって初めて触れたものが多く、楽しめた。後半はシベリアを無事逃れモンゴルに入り、ゴビ砂漠、そしてチベット....と、気候風土が全く違う部分のサバイバルに入っていく。著者のメッセージに共感し、サバイバルものが好きなら、ぜったいお勧めの1冊だ。
余談だがヒマラヤ山脈を越えてるとき著者はあるものに遭遇する。当時この部分が大きく取り上げられ、世界中の冒険家のロマンをそそったことは有名だ。その部分を読むのを今からゾクゾクして楽しみにしている。
ヴィレッジブックス 「脱出記 シベリアからインドまで歩いた男たち」
原題 "The Long Walk" by Slavomir Rawicz 1956
映画 "The Way Back" Directed by Peter Weir with Ed Harris, Colin Farrell
上記リンク先にはスチル写真が置いてある。この写真を見て早く映画が見たい!と心がはやった。インド、モロッコ、ブルガリア(さすがにシベリアロケは無理だったようだ)でロケ。エド・ハリス、コリン・ファレルと来たら見ないわけにはいかない。今年に公開される予定。
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